itamania

(。・ω・。)

数字は宇宙言語 エンジェルナンバー33333

f:id:angelbell:20140507123112j:plain

エンジェルは人間たちに数字で色んなメッセージを送ってる。

ぞろ目を頻繁に見るようになったら意識の世界が変わってきてる証。

私もこのメーターの33333を見てから、「この3次元の世界をもっと楽んで!そして先進国日本で生まれた特権を生かして、多くの人たちの心がさらに豊かになるよう貢献して人々を楽しませて!」とメッセージが来たので、GW明けの今日から、ブログを始めることにしました。

どうぞよろしくお願いします。 

エンジェルナンバーの意味をご参考までにどうぞ♪

 

エンジェル・ナンバー―数字は天使のメッセージ
ドリーン・バーチュー著(ダイヤモンド社)によると

●111
自分の思考を注意深く監視していてください。
そして考えたいことのみを考え、考えたくないことを考えないようにします。
この組み合わせはチャンスの扉が開こうとしているサインです。
そしてあなたの思考が記録的な速さで、具体的な形になっています。
111の組み合わせはフラッシュの眩しい光のようなものです。
その意味は宇宙があなたの思考の写真を撮り、それを具体的な形にしているのだということです。
宇宙が撮ったあなたの思考に、あなたは満足していますか?していなければ、思考を修正しましょう。
(自分の思考を制御したり監視したりするのが難しければあなたの天使に手助けを求めましょう)

●222
あなたが新たに植えたアイディアが現実になるよう育ち始めています。
そうすればじきに、それは土を突き抜けて育ち、現実化しているという証拠を見ることができるでしょう。
言い換えるなら、奇跡が起こる五分前にそれを止めてはいけません。
それが実現しているのが、じきにあなたにもはっきりと目に見えてきます。
ですからそのままがんばり続けてください。
肯定的な思考を持ち続け、アファーメーションを言い続けビジュアライゼーションを続けてください。

●333
アセンデッド・マスターたちがあなたのそばにいます。
そして彼らの手助けと愛があり、そばにいることをあなたに知って欲しいと願っています。
アセンデッド・マスターたちをたびたび呼んでください。
特にあなたの周りで数字の3のパターンが見えたときはそうです。
よく知られたアセンデッド・マスターたちは、イエス・モーゼ・マリア・観音・それにヨーガナンダなどがいます。

●444
今、天使があなたを囲んでいて、その愛と助力があることを保障しています。
天使の助けがそばにあるので心配しないこと。

●555
シートベルトをしっかり締めてください。大きな人生の変化がやってくるからです。
この変化は「肯定的」「否定的」というふうに見るべきではありません。
なぜならすべての変化は人生の流れの自然の一部にすぎないのです。
この変化はあなたへの祈りへの応えかもしれません。
ですから心を静かにして自分自身を見つめ、感じ続けてください。

●666
あなたの思考が今、バランスを欠いています。
物質的な世界に焦点を当てすぎています。
この数字の羅列は、天界と地上の間のバランスをとるように言っているのです。
有名な「山上の垂訓」のように、天使はスピリットや奉仕をすることに集中するように言っています。
そしてその結果あなたの物質的・感情的なニーズは自動的に満たされると知ってください。

●777
天使はあなたに拍手を送っています。
おめでとうございます。あなたは波に乗っています。がんばり続けてください。
そしてあなたの願いが叶いつつあることを知ってください。
これはかなり肯定的なしるしで、さらなる奇跡が起こることを予期していいのです。

●888
あなたの人生の一つの章が終わりを告げようとしています。
そしてこれはあなたに準備ができるよう、警告をしているというしるしです。
この数字の連続は、感情・仕事・あるいは恋愛関係のある段階を終えようとしている、ということも意味し得ます。
さらにトンネルの向こうには、光があることも意味しています。
そしてさらに「作物は実っている。収穫して楽しむを先に延ばさないように」ということでもあります。
言いかえるなら、何か行動を起こしたり、自分の労働の実りを楽しむのを後回しにしてはいけないということです。

●999
完結です。
あなた個人としての、あるいは地球全体としての大きな段階の終わりです。
そして地球のヒーリングに携わるライト・ワーカーたちへのメッセージでもあります。
その意味は「仕事につきなさい。何故なら母なる大地が、あなたを今すぐ必要としているから」です。

 

●000
あなたは神と一つであるということ、そしてあなたの創造主の愛を内面に感じるよう思い出させているのです。
そしてさらにある状況が一巡して、また振り出しに戻ることも意味しています。