itamania

(。・ω・。)

結局、人間は皆同じ。

 

この世に完全に自信がある人なんているのだろうか。

いるかもしれないし、いないかもしれない。

それはわからない。

わかった気分になることはできても、他人の事はわからないから。

でもこうは思う。

レベルの違いはあれど、完全に自信がある人なんて稀なのではないかと。

それに、人間は流転しているのだから、自信のレベルも株価のように日々変動するものだと。

(そもそも株価自体、人間の心理が造りだしているわけで…)

そして

世の中には数え切れない程多くの映画、音楽、絵画、書物などの芸術作品がある。

それは全て人間の思考が現実化した産物。

共感したり勇気をくれる作品がそこらじゅうにある。

ロングセラーになったり世界遺産になったり

多くの人々に支持された芸術作品に触れると

人間の中身なんて大して変わらないということがわかってくる。

宗教に入り救いを求める人の多さや

どこかの組織や団体に属し、共感し合える人を求める人々の多さを見るだけでもわかる。

自分に自信がないと思うのは、自分だけがダメな人間で他人は立派に輝いて見えるからではないだろうか。

でも、上記の事を考えれば、それは全くの見当違いであって、

決して自分だけの特別な悩みという事ではないのがわかる。

人間なんて大して変わらない。

違いといえば、それを他人にむけて表現したのか、しなかったのか

あるいは表現方法の違いぐらいではないか。

このことを知れば、人など恐れる必要はなくなる。

他人の評価を気にしすぎて身動きが取れなくなる必要もなくなるのではないかと思う。

今、いじめにあって自分を惨めに感じている人も、惨めに思う必要は全くない。

いじめる人間程、多くの不安と弱点を抱えている。でなければ他人を攻撃する必要はないのだから。

そうした行為は本能で生きる動物と同じ。

それを思えば、惨めに感じる必要はこれっぽちもない理由がわかるのではないだろうか。

思考が変われば言葉が変わる。

言葉が変われば行動も変わる。

行動が変われば習慣も変わる。

習慣が変われば人格も変わる。

人格が変われば運命も変わる。

同じ悩みを打破した先人たちの生み出した芸術などの産物を糧にし

上記の行動パターンを組み込めば

「ゆく川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず」となりつつも

人間としての発展を引き継いでいけるのだと思う。