itamania

(。・ω・。)

一つから別れてまた一つ

おじいちゃんとおばあちゃんを見ていて思ったのだけど、

男性は年を取る程、女性化していき

女性は年を取る程、男性化していくように思う。

ホルモンの関係があるらしいけど

最初、内面的なことから始まって

例えば

移行期にある現象として

男性は、ガールズトークのように他愛ない話しを好んでよくしゃべるようになり、家事も好んでするようになったりして、身の回りの世界に目をむけるようになる。

反対に女性は、さっぱりした性格になり、身の回りの世界のことよりも旅行に行くなどして外の世界を楽しむようになる。

そうした内面的な経過を経て

いよいよ顔が変わっていく。

まるで中和でもされていくかのように、

男性はおばあちゃんのような顔になり

女性はおじいちゃんのような顔になっていき

パッと顔を見ただけでは性別が判断できなくなる。

遡れば、人は赤ちゃんのときも判断がつきにくい。

だから人は生まれた瞬間から死に向かって行く過程に異性分裂を多いに楽しむが最期は幕を閉じるかのように元に戻る構造になっているのかな?と。

つまり本来は女性らしさとか男性らしさというものは

生きる喜びを楽しむ為にできた、ある部分の意味では自然に逆らった行為ともいえて

その楽しみをしようと思わなければ、自然に逆らわないわけだから、何かしらの理由があってもなくても、それを放棄した瞬間からすぐに中和に向かっていく。(おじさん化おばさん化現象)

女僧の人なんかも、煩悩を消しているせいか、やっぱり一見みたところでは性別がわかりにくい。

のど仏とかでチェックしてみるとか、声質そういう感じになる。

そして、例えば男性らしい人が女性らしい人を求めたり

女性らしい人が男性らしい人を求めるのは

かなり分離したことによって1人では何か欠けている錯覚に陥る不安定な感情から起こる行動パターンで

もう、一人ではどうにもならないと感じたときに恋愛生成期に入るというか

他者の力を必要として、自分一人では補えない中和剤としての何かを相手に求めるのだと思う。

そして、そうした時期を経て取り込み終わるころ、いよいよ一人の中だけで分離が一体になるころ

その生まれてきてから始まった慣れ親しんだ分離作業を終えなければならないとき

それを受け入れられないと、今度は心と身体が分離しウツ的症状が出てくる。

それを医学的には更年期障害という言葉で片付けるのではないだろうか。

そして受け入れられたとき、心と身体が調和してまた安定期に入る。

このころになると、一体から分離、分離から一体の流れ、すべてを体験したことにより

仕組みが理解でき悟りの仲間入りをはたす。

愛の何たるかなどがほぼ理解できるようになって、愛はそこらじゅうに溢れていたっていうか

むしろ愛で世界が形成されていたことに気が付く。

そんな世界に身をおいているのだから、仏のような顔になっていくのも道理。

愛することで愛されるので

愛の塊で出来た子供たちが、おじいちゃーーん、おばあちゃーーんって寄ってくる♪

つまり、分離側よりも、極めて一体化寄り(中和)同士なのでとっても仲良し。

それで世界はくるくるまわるよーー♪

というわけで1つから別れて(分かれて?)また一つになるのでした♪