itamania

(。・ω・。)

8月15日は日本が負けた恥ずかしい日

『日本は敗戦国なんです。

戦争で負けたんです。

8月15日は、日本が負けを認めた日なんです。

我われ日本国民は負けたんですよ。

これは恥ずべきことであり、戦争で戦ったなんて誇らしく言えることじゃないんです。

だから前線で戦ったなんて 胸を張って言えるようなことではないんです。

負けたということは、手に入れた領土などを手放さなければならなくなった事を意味するんです。

勝っていれば、あれだけ辛い過酷な状況に耐えても戦った意味があったと思えたかもしれませんが

負けたことで 何もなくなったんですよ。

全て手放すことになって 残ったものは苦しい辛い経験だけ…

戦争に負けるとはそういうことなんです。

だから声を大きくして戦争を語るなんて私にはできません。

でも戦争は絶対にやっちゃダメなんです。』

この台詞

某局にいる私の知人が戦争番組を制作するにあたり、

戦争体験を語ってくれる人を探しているということで

知人である96歳の元海軍のHさんに声をかけてみたときにHさんが言われた言葉でした。

第一線で戦った人にとって

8月15日という日は、

戦争が終わった日というより

戦争で日本が負けた日…。

自分たちがしてきたことが、全て無意味になった日ということで心に刻まれている。

8月15日は終戦日…戦争が終わった日。

それ程度にしか意識してなかった私にとってこのHさんの発言は

とても衝撃的な言葉でした。

Hさんは20~30歳という約10年間一番の青春時代を海軍で過ごしたそうですが、

海軍で生き残った人はほんのわずかだそうです。

なぜなら海軍は船の中。

一つの船が狙われ沈没したら、全員海の中だから。

だから船中体験を語れる唯一の人でもあります。

この時期になると反戦運動を兼ねてかはわかりませんが

テレビなどで戦争の痛みを忘れてはいけないと追悼の意を称して

さまざまな戦争にまつわる特番が放送されていますけれど

戦争が終わり現在の平和維持につながっているのは…

それは、Hさんのように戦争を体験した人たちが、

それを多く語り続けなかったからということもあるのではないでしょうか。

その体験をもとにした復讐の意識よりも

平和と発展に向けて意識を方向転換させたから。

そうして、辛い戦争という記憶を葬り、平和だけを考え生きてきた人たちのおかげで

子孫である私たちは平和という恩恵を受けているのではないかと思えてきました。

かといって、Hさん本人は戦争を生き抜いてきた時代の人。

彼の人生にとって戦争体験は切っても切り離せないもの。

だから本人は本当は語りたくないと思っていても、

世論が戦争OKな方向へ向かっていると感じられれば仕方なしに戦争の記憶を呼び戻し

それをもとに警鐘し続けているのだと思います。

恥ずべきことだけれど、戦争の悲惨さを伝えなければと…。

我が家では、彼の半生の記録書を本人から託されていますが、その日記には、

船が攻撃を受けたときの様子など、目を背けたくなるような描写までもが細かくつづられてあったりします。

あまりにも惨い事実は、とてもではないけれど遺族の方に自分の口で伝えることはできない…

そういった内容もそこには記されてあります。

海軍の話といえばNHKで放送された『坂の上の雲』秋山真之を演じるもっくんを思い出しますが

あの船の上で攻撃を受けたときのシーンと、この日記の内容が頭の中で重なりました。

現実は、五感どころか第六感までもフルに使われるのだから

あんなものではないのは十分承知ですが。

平和の良さを理解する為に 戦争の惨さを知っておくことは必要かもしれませんが、

そこに執着していては戦争の方向にむかってしまう。

けれど…

メディアは戦争の記憶を掘り起こす。

そうして眠っている子を一生懸命起こそうとする。

そうすることが、平和に繋がっていると本気で信じている人の方が多いから

今、戦争がおきていないのか

はたまた

戦争体験した人の目をつむっている人の数が多いから平和維持できているのか…

おそらく絶妙なパワーバランスで戦争がおこっていない現状があるのだと思いました。

これからも平和な社会でありますように。