itamania

(。・ω・。)

拘りと妥協の間に

結婚して後悔する人たちは多い。

先日もこんな話を聞いた。

早く結婚して孫が見たいと親に言われ、その要望を叶えるべく手頃な女性と結婚してしまった男性がいた。

しかし、結婚してからしばらくして本当に愛せる人と思えた女性にめぐり合ってしまった。

その男性は後悔の日々を送っていると言う。

子供がいるのかまでは聞けなかったが

このような生活

本人はもちろん、周囲の人にとっても悲劇である。

これを物に例えて当てはめてみる。

今回はタンス。

どうしても欲しい高級ダンスがあった。

でも当時の経済力や住まい環境などからそのタンスを諦めた。

そして、手頃なタンスを買った。

それなりに満足して使っていた。

しかし、年数がたつにつれ、かつて諦めたタンスが簡単に手に入れられる程の経済力も身についた。

そんなとき、あの当時諦めていたタンスが売られているのを発見した。

しかし、家にはすでにタンスがある。

そのタンスを粗大ゴミとして出すには年数がたちすぎた。

処分するには費用や労力がかかる。

そんなことよりも、すでに愛着が湧いてしまった。

苦労した時代を共にしたタンスなのだ。

思い出が詰まっている。

今さら捨てられない。

でも

当時諦めたはずの欲しかったタンスが今や手に届くところにある。

そして、後悔する。

でも忘れてならないのは、当時はどんなものであれタンス自体が必要だったし、今の生活があるのはそのタンスがあったおかげでもあるという事だ。

そこに重きを置くと苦しくなる。

自責の念にかられるかもしれない。

そんな事を思わず、すぐに粗大ゴミに出せる人もいるだろうけど。

しかしだからといって古いタンスを粗大ゴミに出し、本当に欲しかったものを手に入れたからと言って、新しいタンスが長年使っていたタンスより使いやすい保証もなければ、その家に馴染むという保証もない。

タンスなのに収納には向いていないデザイン重視のタンスかもしれない。

でもこれは思う。

その新しいタンスを後生大事にしようと誓い、以前のタンスより手入れをする率は高くなるのではないか。と。

好きという気持ちより値ごろ感というだけの理由で手に入れると

本当に欲しいものが見つかったときに、その本当に欲しいものを手に入れられにくい状況を自らが作り出していることは多い。

でもどんなものであれ、その当時は、それ自体が必要だったのだから仕方ない。

それもまた自分が選んだ道。

だけど

来た道を戻ることは出来なくても、現地点から先の道は自分で好きなように創れる。

後悔を存分に味わった後は、自分にとって最良の未来を創造すればいいのだと思う。